京都御所1986年7月 その3
2011-04-08


続きです。

今回は清涼殿のあたりの写真なんですが、わかりにくいので図を用意しました。
これは現在の清涼殿の見取り図だと思われます。もともとは一千年も前の建物ですので、それを言い訳に、漫画では臨機応変(テキトー)に描いています。
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こちらは清涼殿の殿上の間の横あたりです。
左にちらりと見えているのが「年中行事障子」です。

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こちらが殿上の間の入り口です。

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殿上の間は、コミックス9巻、61ページの、帥の宮と高彬が話している部屋です。ここで公卿や蔵人などがお仕事をしていました。「殿上人」という言葉は、この部屋に入れる人というところからきています。
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清涼殿、向かって左側の写真です。廊下が切れていますが、廊下として使うときは板を渡して使います。

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二枚目の奥に見えるのが「御帳台」で、帝がいるところです。普段はその手前の「昼御座」にいます。
御簾がいい色に日焼けていますが、一般公開の時に新調されているときもあります。

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一枚目は清涼殿、向かって右側。
二枚目は、格子はこんな感じで上に上がってます、ということで。

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こちらは清涼殿ではありませんが、屋根のかたちなどが漫画を描くときの参考になります。

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廊下(簀子)と高欄。廊下についている手すり(高欄)は、実は高さはあまりありません。漫画では見栄えがいいので、もう少し高めに描いていました。

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以上で1986年の京都御所の写真は終わりです。実際撮った枚数はもっと多いのですが、角度を変えただけの同じ場所の写真も多く、漫画に反映されていそうなものを選んでアップしました。

けど、1986年……って、25年も前なんですね。

このときは二泊三日で京都に行って、御所に近いホテルをとって、京都のガイドブックをチェックしまくったのに、そのガイドブックを忘れて、京都に到着早々本屋さんに駆け込み同じガイドブックを買ったんだっけ。

一日だけレンタサイクルを借りて、御所で買い忘れた本を見学の翌日買いに行ったら、「お使いですか?」と聞かれたり、自転車に乗っていたからか、道を尋ねられたり(旅行者なのに)。

今、同じだけ京都を回れる体力はありません。……と思ったら、当時もきつかったらしい。こんなものがありました(笑)。
当時は雑誌(このときは花とゆめ増刊の「EPO」でした)に、こんなカット入りの近況報告ページがあったんですね。

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[写真いろいろ]

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